AI時代の人事評価とは
これまでの人事評価では、業務上の成果や能力、行動などをもとに社員を評価することが一般的でした。AI活用が広がる現在は、それらに加えて、AIをどのように業務へ取り入れ、どのような成果や改善につなげたかも評価対象として捉える必要があります。
評価するのは「AIを使ったか」ではなく、行動や成果
評価対象として考えられるのは、AIスキルそのものだけではありません。業務時間の短縮、業務プロセスの改善、成果物の品質向上、新しい顧客価値の創出、AI活用ノウハウの共有など、AIを使って何を変えたのかまで見ることが重要です。
そのため、単純な利用回数やログイン回数だけでなく、「AIを使ってどのような成果や組織への貢献を生み出したか」という観点で評価基準を設計する必要があります。
人事評価制度へ接続することでAI活用を定着させる
AIツールを導入し、研修や学習環境を整えても、それだけで日常業務への活用が定着するとは限りません。AI活用を評価や処遇へ接続することで、社員が「会社としてAI活用を重視している」と理解し、学習と実践を継続する動機につながります。
人事評価制度は、「誰を評価し、どのような人に活躍してほしいか」を示す経営からのメッセージでもあります。AI活用を人事評価制度へ接続することは、会社が求める人材像を社員へ示すことにもつながります。
AI時代に人事評価制度を見直すべき4つの理由
AI活用が広がると、従来の評価基準や運用では捉えにくい成果や行動が生まれます。AI活用を組織へ定着させる観点から、特に押さえておきたい4つの課題を整理します。
AI活用による成果を従来の基準では捉えにくい
AIによる業務時間の短縮やプロセス改善、ナレッジの再利用といった成果は、従来の評価項目では捉えにくい場合があります。AI活用が進むほど、「どの成果を、どの項目で評価するか」を見直す必要が生じます。
ツール導入や研修だけでは活用が定着しにくい
AIツールを導入し、研修を実施しても、全社員が継続的に活用するとは限りません。学習した社員や実務で成果を生み出した社員が正当に評価される仕組みがなければ、AI活用が個人の自主性だけに依存しやすくなります。
管理職によってAI活用への評価に差が出やすい
AIを使った試行錯誤や業務改善を積極的に評価する上司もいれば、従来の仕事の進め方を重視する上司もいます。評価基準が曖昧なままでは、同じ成果でも上司によって評価が変わり、社員の納得感を損なう可能性があります。
AIと人事制度では変化のスピードが異なる
AIの機能や利用方法は短期間で変化する一方、人事制度は一度変更すると簡単には元に戻せません。そのため、現在のAI環境だけを前提に全面改定するよりも、変更しやすい部分から小さく始める方が現実的です。
AI活用を評価・昇格・報酬・育成につなげる国内外10社の事例
人事評価の設計を考えるうえでは、査定項目だけでなく、行動・役割要件、昇格、報酬、育成まで含めて「AI活用をどこへ接続するか」を見ることが重要です。ここでは、企業自身が公開している一次情報をもとに、国内外10社の取り組みを紹介します。
01行動・役割要件としてAI活用を求める企業
行動・役割要件
LINEヤフー|全従業員に生成AI活用を義務化
LINEヤフーは2025年7月、全従業員約11,000人を対象に「生成AI活用の義務化」を前提とした新しい働き方を開始しました。「まずはAIに聞く」「ゼロベースの資料作成は行わない」などの社内ルールを設け、調査・検索、資料作成、会議などの共通業務からAIを前提とした働き方への転換を進めています。全従業員にはリスク管理やプロンプト技術に関するeラーニングを必須とし、試験合格を生成AIの利用条件としています。
参考:LINEヤフー、全従業員約11,000人を対象に業務における「生成AI活用の義務化」を前提とした新しい働き方を開始|LINEヤフー
行動・役割要件
三菱商事|G検定を管理職の昇格要件へ
三菱商事では、全社員のAIリテラシー向上を目的に、G検定を管理職の昇格要件に位置づけ、全役職員にも取得を強く推奨しています。2025年7月時点の取得者は956名です。管理職を起点にAI・デジタルの理解を広げるトップダウン型の取り組みといえます。
行動・役割要件
Shopify|AI利用を仕事の「標準」に
Shopifyでは、2025年4月にCEOが「reflexive AI usage is now a baseline expectation」とする方針を示しました。AIを自然に業務へ取り入れることを社員に求め、新たな人員やリソースを求める前にAIで対応できないかを検討する考え方も示しています。
その後、AIコードエディターは全社的に普及し、数千のCursorライセンスや社内AIツールが継続的に利用されています。AI活用を個別施策ではなく、仕事の前提に変えた事例です。
参考:Serious results, unserious methods: Shopify's AI playground|Shopify
02成果・活用度を評価・可視化する企業
成果・活用度の評価
DIVX|「AIを使ったか」ではなく成果を評価
DIVXは2025年7月から、全社員を対象に生成AIの業務活用と成果を人事評価へ反映しています。「AIを使っているか」ではなく、「AIを使って成果を生み出したか」を重視し、チームや組織への影響も評価対象としています。
利用回数ではなく、業務改善や成果まで評価へつなげている点が特徴です。
成果・活用度の可視化
Atlassian|職種別にAI活用度を可視化し、採用・育成へ活用
Atlassianでは、社員のAI活用を単純な利用有無や回数だけで測るのではなく、職種ごとに「AI superuser」の基準を設定しています。2026年時点では、Engineering、Design、Product Management、Marketing、Legal、Sales、Finance、Peopleなど、それぞれの職種におけるAI利用状況を基準に上位層を可視化する方法へ移行しています。
同社は、こうした指標をAI活用が進んでいる人材の行動特性を把握し、採用や育成へ生かすために活用しています。職種によってAIの使い方が異なることを前提に、利用量だけでなく、仕事の進め方を変革する行動に着目している点が特徴です。
参考:Stop counting who uses AI. Start finding who’s transforming with it.|Atlassian
成果・活用度の可視化
HubSpot|AI活用とパフォーマンスの関係を社内データで検証
HubSpotは2025年、AI活用を社員の成長やパフォーマンスの観点から分析した社内データを公開しています。2025年には98%以上の社員が業務でAIを利用し、85%以上が月次で利用。営業担当者についても、AI利用開始後に営業達成率が改善する傾向を確認しています。
また、2024年下期に低い評価を受けた社員のうち、レビュー期間中にAIを利用した社員は、次の評価サイクルでパフォーマンス評価が改善する傾向も示されました。AI活用を単なる利用率ではなく、成果や成長との関係から捉えている事例です。
参考:Turning Usage Into Impact: What AI Means for Growth & Performance at HubSpot|HubSpot
03報酬・インセンティブにつなげる企業
報酬・インセンティブ
LayerX|AIによる高い生産性を報酬へ還元
LayerXは2025年10月、AI等の利活用による高い生産性を社員へ還元する新報酬制度を導入しました。報酬原資を最大10%程度拡充し、査定結果に応じて最大6カ月分の賞与を支給します。
AI資格の保有そのものではなく、AIなどを活用して高い生産性や成果を生み出した結果を報酬へ反映する考え方です。
報酬・インセンティブ
Shoosmiths|全社のAI利用目標をボーナス指標へ
英国の法律事務所Shoosmithsは、年間100万件のMicrosoft Copilotプロンプトという全社目標を設定し、その達成を全社員対象のボーナスプールの評価指標の一つにしました。目標達成時には100万ポンドを社員へ還元する仕組みです。
利用量を全社的な定着指標として使う例ですが、利用回数だけを追うと目的化するおそれもあります。成果や品質とあわせて見ることが重要です。
参考:Shoosmiths offers £1m bonus pot for 1 million AI prompts|Shoosmiths
04スキル可視化・育成につなげる企業
スキル可視化・育成
ソフトバンク|資格取得支援と実践機会でAI人材を育成
ソフトバンクでは、「AI Campus from SBU Tech」などを通じてG検定・E資格の学習を支援しています。2024年度時点でG検定保有者は2,300人以上となり、全社員の約12%に達しています。
さらに、全社員が生成AIを利用できる環境を整備し、ソフトバンクグループの生成AI活用コンテストなど、学んだ知識を実務で試す機会も整備しています。資格取得支援と実践機会を組み合わせ、AI人材の裾野を広げている事例です。
参考:社員の8人に1人がG検定合格者。AIスキルの向上を全力支援するソフトバンクの人材育成戦略|ソフトバンク
参考:「日経Smart Work大賞2026」で大賞を受賞|ソフトバンク
スキル可視化・育成
KDDI|生成AIスキルを5段階で可視化
KDDIでは生成AIスキルをLv.0〜Lv.4の5段階で設定し、Lv.2以上の社員を増やす取り組みを進めています。2024年6月から2025年2月にかけて、Lv.2以上の割合は57%から67%へ10ポイント増加しました。
生成AIスキルを段階的に可視化することで、社員が現在地を把握し、次に身につけるべきスキルを明確にしながら育成につなげています。
参考:人財育成|KDDI
10社の事例から分かる4つの制度設計パターン
10社の取り組みは、AI活用を人事制度や人材施策のどこへ接続しているかによって、次の4つに整理できます。
01
行動・役割要件
LINEヤフー/三菱商事/Shopify
02
成果・活用度の評価・可視化
DIVX/Atlassian/HubSpot
03
報酬・インセンティブ
LayerX/Shoosmiths
04
スキル可視化・育成
ソフトバンク/KDDI
共通しているのは、「AIを何回使ったか」だけではなく、何を生み出したか、どの社員にどのレベルを求めるか、評価・育成・昇格・報酬のどこへつなげるかを設計している点です。
すべての会社がAI活用を直接「査定項目」にしているわけではありません。自社の目的や組織文化に応じて、行動要件、成果評価、報酬、育成のどこから接続するかを選ぶことがポイントです。
AI活用を人事評価制度へ取り入れる3つのステップ
AI活用を評価へ組み込む際は、いきなり評価項目を追加するのではなく、現状把握から方針策定、運用設計まで順に整理すると、自社に合った形を検討しやすくなります。
STEP1:AI活用と現在の評価制度を把握する
まず、社員のAI活用率や活用レベル、現在の人事評価制度にAI関連の項目があるかを確認します。あわせて、AI活用に積極的な社員や成果を出している社員が、現状の制度で正当に評価されているかを把握します。
STEP2:目的・対象・進め方を決める
全社員のAIリテラシーを底上げしたいのか、管理職から浸透させたいのか、成果を報酬へ反映したいのかによって適した打ち手は異なります。「強制か自発か」「トップダウンかボトムアップか」も含め、組織文化や事業特性に合わせて方針を決めます。
STEP3:評価基準と運用をセットで設計する
AIスキル、業務での活用実績、業務改善、成果、ナレッジ共有など、何を評価するかを定義します。評価レベルや評価基準だけでなく、評価者向けの説明・研修や、成功事例を共有する仕組みまでセットで整えることが重要です。
人事制度を全面改定せず「2階建て」で小さく始める
AI活用を人事評価へ取り入れるからといって、既存制度を全面的に変更する必要はありません。既存の人事評価制度を残し、その上にAIに関する評価を別枠で追加する「2階建て」の考え方があります。
6つの打ち手から自社に合った方法を選ぶ
AI活用を人事制度へ接続する方法は一つではありません。代表的な選択肢として、次の6つがあります。
- 評価項目への加点
- 社内認定・AIチャンピオン制度
- MBO・OKRへの組み込み
- 賞与評価への反映
- 手当制度
- ジョブ・役割定義への組み込み
どの打ち手を選ぶべきかは、AI活用をどこまで制度へ反映したいかや、組織文化・既存制度によって異なります。「AI活用推進のための 人事評価制度設計の考え方」では、6つの打ち手を導入の重さ、向いている会社、メリット・注意点の観点から比較し、自社に合った方法を選ぶための判断軸を詳しく解説しています。
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AI活用を評価する際の5つの注意点
AI活用を評価制度へ組み込む際は、「AIを使うこと」自体を目的にしないことが重要です。制度を形骸化させず、社員の納得感を保つために押さえておきたい5つのポイントを整理します。
AIの利用回数だけで評価しない
利用量は分かりやすい指標ですが、回数だけを評価すると「AIを使うこと」が目的化するおそれがあります。成果、品質、業務改善、ナレッジ共有、組織への貢献などと組み合わせて評価することが重要です。
職種・階層に合わせて基準を調整する
エンジニアと営業、管理職と新入社員では、AIに期待される役割が異なります。全社員共通の最低基準を設ける場合でも、職種・役割別に求めるレベルや成果を分けるなど、一律の基準にしすぎない設計が必要です。
「強制」と「自発」を自社に合わせて選ぶ
AI活用を必須要件として強く求める方法は浸透が速い一方、やらされ感につながる可能性があります。反対に、自発性を重視すると納得感は得やすいものの、活用が一部の社員に偏ることがあります。組織文化と、業務上どの程度AIが必須なのかを踏まえて判断します。
管理職の理解と運用をセットで設計する
AI活用を評価する仕組みを作っても、現場の管理職がAI活用の価値や評価基準を理解していなければ運用は定着しません。トップダウン、ボトムアップのどちらで進める場合でも、現場と経営をつなぐミドル層の理解が重要です。
目的と評価基準を社員へ説明する
制度導入時は、「なぜAI活用を評価するのか」「何を評価するのか」「評価がどこへ反映されるのか」を明確に伝える必要があります。特に昇格や報酬へ接続する場合は、社員が納得できる基準と説明の設計が欠かせません。
AI活用の人事評価に関するよくある質問
AI活用を人事評価へ取り入れる際は、評価対象や適用範囲、制度の変更範囲について迷いやすいポイントがあります。ここでは、よくある4つの疑問に回答します。
AI活用の何を評価すればいい?
AIスキルや利用有無だけでなく、業務改善、成果、品質向上、ナレッジ共有、チームや組織への影響など、自社が増やしたい行動に合わせて評価対象を決めます。「AIを使うこと」ではなく、AIによって何を生み出してほしいかから逆算することが重要です。
AI活用は全社員に必須にするべき?
必ずしも一律に必須化する必要はありません。AIが事業や業務にどの程度不可欠か、職種によって必要性が異なるか、組織文化として強制と自発のどちらが適しているかを踏まえて判断します。
AIの利用回数を評価基準にしてもいい?
参考指標の一つにはできますが、利用回数だけで評価することは避けた方がよいでしょう。「何を改善したか」「どのような成果を生み出したか」まで組み合わせて見ることが重要です。
AI活用を評価するには人事制度全体を変更する必要がある?
全面改定は必須ではありません。評価項目への加点やMBO・OKRへの追加など、既存制度の上にAI関連の評価を追加する方法から始め、効果を確認しながら広げることができます。
まとめ
AI活用を組織へ定着させるには、ツール導入や研修だけでなく、AIを活用して成果を生み出した社員が正当に評価される仕組みを整えることが重要です。
評価する際は、「AIを使ったか」だけではなく、「AIを使ってどのような行動や成果を生み出してほしいのか」を会社として明確にし、評価・昇格・報酬・育成のどこへ接続するかを設計します。
いきなり人事制度を全面改定するのではなく、自社の目的や組織文化に合わせ、既存制度にAI活用に関する評価を追加するなど、小さく始める方法もあります。
具体的な制度設計や6つの打ち手、自社に合った進め方は、「AI活用推進のための 人事評価制度設計の考え方」で詳しく紹介しています。
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